| 日本の茶道が中国徑山寺で「ルーツ探し」 |
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| 2008/04/22 |
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約800年前、日本の禅僧が中国・徑山寺に弟子入りして学び、中国の禅茶文化を持ち帰り、これを日本の茶道へ発展させた。現在、ますます多くの日本の茶道愛好家が「ルーツ探し」をしたいとの思いから、その名を慕って徑山寺を訪れている。 200人を超える日本の僧侶と居士が19日、浙江省杭州余杭に位置する徑山寺を訪れ、祖先を祭る厳かな儀式を執り行い、中国僧の各派代表と茶道を実演するとともに、杭州第1回国際禅茶文化研究高級フォーラムに参加した。 徑山寺は山深い所にある古い寺だが、こうした異国からの来訪者は決して珍しいことではない。同寺の監院(僧侶の職名で、方丈の次に位する)は記者に対し、「この寺は現在、海外から年間延べ数千人を受け入れており、特に日本と韓国の関係者が多い」と述べた。 近年、日本からこの寺を訪れる人が絶えないのは、日本の茶道と浅からぬ因縁があるからである。宗教哲学を専門にしている愛媛大学の今泉元司名誉教授は、「学術面で、又は修行上、仏教関連の本を広く読んだ日本人なら、誰でも徑山寺を知っている」と語った。著名な禅学者、久松真一氏の弟子として、今泉名誉教授が徑山寺を自らの中国旅行の「出発点」に決めたのは当然の成り行きであった。 説明によれば、徑山寺の禅茶文化は唐代までさかのぼることができる。僧侶は茶宴を開き、仏を拝み、参禅するとともに、独特の礼儀作法を定めたが、宋朝になると、その影響力は江南にまで広がり、「東南第一の禅林」と称えられ、中国と日本の禅茶交流の中心地となった。「茶聖」の陸羽もかつて徑山のふもとに隠れ住み、有名な「茶経」を著した。 歴史の発展に伴い、中日両国の茶道形式は全く異なるものとなったが、今泉氏はやはりその中から両者に共通する精神――「禅は形のないものだが、茶道を通して形のあるものとなり、一挙手一投足の中に、禅意が自然のうちに流露する」ことを見て取っている。 日本の茶道愛好家はまた、今回の「ルーツ探し」の旅で現在の中国に対する好奇心をかき立てられた。花園大学で禅学の講師を務める松岡由香子さんは、次のように例を挙げた。中国人は皆、発酵茶を飲むというのが日本人の印象でした。でも、中国に来て、緑茶が主体となっていることを初めて聞きました。だから、今回は緑茶をじっくり観察することにします。 京都で葩会の会長を務める矢田美穂さんは「こうした交流がずっと続くことを願っています」と語り、さらに次のように話した。茶道などの伝統的な文化において、日本ではそれを全く変えないで受け継ぐことが強調されています。このため、古いしきたりをかたくなに守る状況が現れるようになりました。時代の変化に合わせ、中国から学ぶこともできると思います。 中国の茶文化専門家、阮浩耕氏は、「経済の発展に伴い、禅茶文化のように上品で、功利性のない文化交流方式はますます重視されるだろう」と分析している。 (杭州4月20日発新華社)
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